余白のある暮らし

必要最低限の好きなものに囲まれて暮らしたい。自然派食品、製品に興味あり。夫、幼児2人の家族と一緒に生活も心も余白のある暮らしが理想。

言葉に気を付ける。を肝に銘じたい。

こんにちはー。

 

ちょっと思うことあって更新。

 

 

今日は朝から夫さんの仕事のことで頭を働かせて

結局は夫さんの意志に任せることになるけども

それでも自分の思いも伝えとこうと思い、

職場にいってからメールで伝えました。

 

 

また、夫さん帰ったら夜にでも話そうかな。

 

 

ところで、職場でちょっとあって

なんともやりきれないまま、愚痴を友達に話してしまいました。

 

このなんとも言えない気持ち、誰かに話したい気持ちを抱えれないと

思ってしまったからです。

 

でも、結局すっきりもしなかった。

 

なんともこのなんでもない、むしろマイナスの感情を

吐き出したことにより

友達にもいい気をさせず、自分もすっきりせず

なんとも最悪な気分です。

 

やっぱり言葉って大事なんですね。

 

私は結構ネガティブに偏りがちなので

そんな世界にどっぷりつかってきました。

 

そうしかできないと思ってたからです。

 

今でも、抜け出したいのに抜け出せないというか入ってるときあります。

無意識に。

でも、いろんな本を読んだりして

変われないことはない、変われないのは

自分が変わりたくないから、だと思っているんだと

わかりました。

 

変化することは勇気がいります。

文句を言いながらでも現状維持のほうがいいんです。

 

 

だから、仕事のこともきっとそこなんです。

文句や不満がありながら、

もちろんそれをどうにか主張したり、話し合ったりしてはいますが

結局は自分が動いてしまえばいいんです。

 

結論、そこ。

 

 

なので、仕事のことは動いてみて変わらないなら

やめる覚悟もしています。

 

 

今日、思い立ったのは言葉。

 

不満や愚痴になる感情はどうしても自分の中にあります。

少なからず多くの人は同様にそんな感情も抱くでしょう。

 

 

でも、今日、愚痴って痛感したのは

いったところでどうにもならないし、気分のいいことじゃなかった。

 

話してすっきりすることももちろんあります。

なので、愚痴りあってそれが楽しいなんてこともあるんでんですよね、

残念ながら。

そんな人間になりたくないって思うくせにやってるんです、私。

 

 

でも、そうじゃないってこともわかった。実感した。

 

すごいな、かっこいいなって思う人はこういうの言わない人なのかな、、

 

なんて思ってみたり。

 

そもそも愚痴にはならない。

そんな風に言葉を使わないとか。

 

 

まあ、その辺はわかりませんが、

そこはいいとして、

 

なので、愚痴って別に言えばいいけど、いいものじゃないやって思った。

言えばすっきりするものばかりでもない。

 

あとからなんとなくの罪悪感ってあるんです。

 

 

少しずつでも、もうやめよう。

 

やめよう。

 

 

言葉、大事にしよう。

 

 

忘れちゃうんですよね。

 

 

大事大事。

 

 

自分が発する言葉は自分が一番聞いてるんですもん。

 

 

気を付けよう。

 

 

自分のメモとしても今日のこの文章は見返したいものになりました。

 

 

どんなときも勉強だなぁ。

 

がんばろ。

 

 

では、また。